集合的な郷愁と想像

国立国際美術館で5月27日から開催されている
「ノスタルジー&ファンタジー 現代美術の想像力とその源泉」展を鑑賞する。
展示されているのは以下10組の現代美術作家


北辻良央・柄澤齊山本桂輔
小西紀行・橋爪彩・小林陽介
須藤由希子・棚田康司・横尾忠則
淀川テクニック

B3階【現在の展覧会】 | 現在の展覧会 | 展覧会 | NMAO:国立国際美術館
チラシのウラには下記のような文章が記載されている。

(前省略)

本展では、ノスタルジーに固執する人間の意識の本性と向き合いながら、
それを独自のイメージの世界へと昇華させた作品を取り上げたいと考えます。


一方で、彼らの作品が見るものを惹きつけるのは、
現代を生きる私たちもまた、こうした心情を共有しており、
それは時代の風潮というふうにも考えられるのではないでしょうか。


未知の表現を目指す現代アートと、過去を指向するノスタルジーという心情はまるで反対向きに思われますが、
現代という時代は、この二つを結びつけているようにも思われます。
本展で紹介する、世代も作風も異なる作家たちの個性的な表現活動は、
一見、脈絡のない個人的領域に属するものに見えますが、
ノスタルジーとファンタジーという視点を設定するとき、
それらに共通する一つの世界像が見えてくることでしょう。

キュレーターの意図どおり、
ノスタルジーという共通項で見てみて初めてアートを感じれる作品も多かった。

例えば、横尾忠則さんは今回の出展者の中でも特に有名なアーティストであるが、
企画テーマの視点で眺めて初めて、その価値が理解できる気がした。
(それまでは、よくわからないシュールなポスターとしてしか彼の作品を捉えることができなかった。)


(↑淀川テクニックの作品(撮影可能の作品))



今週は、移動中、就寝前、ユングに関する書籍を読んでいる。
講談社選書メチエ42 ユング アンソニー・スティーヴンス著)
まだ、半分ほど読み進めたところであり、書評的なまとまった感想は持てないが、
個人的に彼の考え方はなじみやすいし、自身の気になっていたモヤモヤの謎解きがされるみたいで心地よい。


なかでも意識・個人的無意識・集合的無意識というイメージは興味深い。



プロダクトデザインに対して芸術は(建築家的な作品も含めて)、ひとりよがり、自己満足的なもの。
と言われたりもするけど、おそらく意識の部分での同感ではなく、
集合的無意識の部分での同感が伴っているのだと思う。
(ひとりよがりであるがゆえに、ひとりよがりでないというような・・)


チラシの裏面に見られた「個人的領域に属するものに見えますが」という断り書きは、
このあたりのことと関係があり、
個人的領域の探求は他者と断絶しているわけではなく地下水脈で他者と通じているのだろう。
(古代の人々の感覚とも、未来の人々の感覚とも)


そういった確信をユングは持っていたし、
また多くの美術作家も、そう思っているのだろうと思う。

ユング (講談社選書メチエ)

ユング (講談社選書メチエ)