エラボレイトすること

録り溜めてそのままにしていた番組が外付けハードディスクからもあふれそうになっているので、
夜な夜な眠る前に見て消すという作業をし始める。が、なかなか進行しない。
見た結果、やっぱりこれを消すのは勿体無いという結論に達するものも多い。


2009年3月に放送されたNHK 100年インタビュー「大江健三郎」を見る。
一度書いた文章を書き直すという手法について述べられており、興味深く聞いた。


彼はその手法を「エラボレイト(elaborate)する」という言葉で表現している。
小説を書き始めてから5年ぐらい経過した頃、書いたそのままの文を、
そのまま出版社に渡し、それでお金をもらうという行為がとても怠け者のような感覚になり、
一度、小説として完成させても、それを何度も最初から最後まで検討し直すようになったのだとか。
多くの作家・ライターもそれなりに推敲を重ねて文章を完成させていると思うが、
彼の場合、「作品を最初に仕上げることよりも書きなおすことのほうが重要だ」というような勢いで、
力説されていた。(それが正しいやり方だという主張ではなく、あくまで彼のスタイルとして)


「一番最初に書いたものは製品や作品や商品ではない。」とも述べられる。


彼の複雑なところは、そうして推敲した文章が結果的に、
最初の状態よりも、読みにくく、ゴツゴツしてしまうことにある。
自身、「イメージが一つでいいところを、もう一つや二つ付け足していている」と、
読みにくさについて自覚的であり、そうして読みにくくなることで、
読者が減ってしまうことにも自覚的である。


そして、作品を書くのと同じくらい、
本を読むということを大切にしており、
書く時間と同じくらい、本を読むのだという。


そのようなスタイルにあこがれもするが、
小説家という個人的な創作活動であるということ、
そうすることで生産性が落ちても食べていけるということ、
など、私と異なる部分も多くあり(ほとんどであり)、

単純に真似はできないが、
・アウトプットとインプットのバランス
・「仕上げること」イコール「完成させること」ではない
ということは、理想的な状態として頭の中に持っておきたい。