B-SCHOOLからD-SCHOOLへ

「私たちはお金を稼ぐために、拡大することは決してありません」
これは世界的なデザインコンサルタント会社(狭義の意味でのデザインではない)
IDEOのチーフクリエイティブオフィサーであるポール・ベネット氏の言葉
取り立てて耳新しい言葉ではないが、この後に続く理念を
多くの人・企業が描くことは難しく、あくまで理想ととらえざるを得ない現実がある。
(と信じ込んでいる)


彼とは別の方向を向きつつも同じことを言っている人の言葉も今週偶然聞いた。

いつもチェックしているポッドキャスト「ラジオ版学問ノススメ」
今週のゲストは内田樹さん。
http://www.jfn.jp/News/view/susume/6323
近著「街場の憂国論」をベースにしたインタビュー


現在の日本の政治、企業に対しての批判が終始続く。
以下はそのまとめ

現代の日本では日本列島から出られる(出ても生きていける)人のほうが社会階層上上位
に位置づけられており、その人達が日本の国政の舵をとっている。


彼らを上位に押し上げる価値基準である「機動性」(状況に応じてすばやく活動できる能力)では、
日本に根づいてしか生きられない人々(第1次産業従事者、伝統産業従事者など)が、下層に位置づけられてしまう。
しかし、数的には、そういった「機動性のよくない人」が圧倒的マジョリティ(95%くらい)を占めている。


グローバル人材育成で言っていることは、
「日本列島以外で生きれる人間になれ」ということ
日本語がしゃべれなくても大丈夫、日本食がなくても大丈夫、
日本の伝統文化・音楽・美術を見なくても平気という人を育てるということである。
現にグローバル企業が就活の若者に要求しているのは辞令一本で海外の国に赴任できて、
一生、海外の支店を回り続けることができる人材。
日本に根づいた人はなかなか採用してくれない。


矛盾しているようだが、船が沈みかけた時に、
真っ先に救命ボートで逃げられるスキルを持った人が船の方向を決めている。
真っ先に逃げられる人を船長にすえることが現在のグローバリズムの政治理念


原発を再稼働しないならば日本から出て行く!」と政府を脅したグローバル企業は、
本当に、日本の企業と言えるのか?「燃料コストがかかるから日本を出て行く」という会社が、
もし、彼らのいうとおりに原発を再稼働させて仮に再度事故が起こった時に、
「自分たちに言った責任があるから、除染の費用負担します」とか、
「汚染地域に最後まで残ります」というかというととてもそうは思えない。


彼らの求める条件だと、ほとんどの人間が下層民になる。
結果、国民の自己評価が下がり低賃金・悪待遇でも我慢する構造を作ることになる。

グローバル企業は「日本の人件費を中国並に下げられたらいいなぁ」と思っている。
エネルギーコストも原発などで下げて、インフラは国に作らせてということが、
財界の全体の方向性であり、官民挙げてなされている。


経済成長が国家目標になっており、
企業がたくさん収益を上げていくことしか考えていない。
「国民に幸福で充実させた生活を」という発想をだれもしていない。
金でなんとかなると信じ込んでいるし、信じ込まされている。


オリンピック招致の際の安倍首相の原発事故対応のスピーチに対して、
野党も、メデイアも、国民の多くも、批判しなかったことに恐ろしさを感じた。
「金になるなら嘘も方便」という考えを皆が認めたのだと思う。
3.11を契機に日本人全員が「経済至上主義的な生き方は間違ってたんじゃないか」
と我に返ったと思ったが、それは半年くらいしか持続しなかった。


自民党みんなの党・維新の会などは、
「日本のシンガポール化」を目指している。
シンガポールの「唯一最高の国家目標」は「経済発展」
平たく言えば「金儲け」である。
経済成長に貢献できるかという一点で制度設計の適否が判断される
「民主主義(デモクラシー)は金儲けの邪魔だ」というのが彼らの本音


国家と異なり、企業は基本的には四半期ベースで生きている
国家を企業のように扱い動かしていくべきではない。

ポール・ベネット氏も、四半期ベースで生きたくはない。という点で共通しているが、
内田氏が「企業はそもそもそんな生き物だ」と諦めているのに対して、
ベネット氏は、もう少し楽観的で、魅力的な新しい企業のあり方を示している。
(しかし、内田氏が憂慮している大多数の普通の人々がベネット氏の言うようなことができるかというと
おそらくできないであろうから、
国家的にはベネット氏の提案よりも内田氏の批判に対して答える政策を取るべきだろうと考える。)


ベネット氏のインタビューが掲載されていたのは年間購読している博報堂の雑誌
「広告(恋する芸術と科学)」の2013年10月号:創造性をプロトタイプする@カンヌの
「物を売るための神話から、TRUTHのあるストーリーテリングへ」という記事
あくまで広告代理店の雑誌であり、今回はより「広告の未来」という色が強いので、
少し論点がずれるが、こういったグローバル企業のあり方もあるのか・・・
と関心を持った。

私たちは2つのフィロソフィーを大切にしています。
それは「TRUTH(誠実)」と「IMPACT(強さ)」です。
TRUTHというのは、人々がどのように生活するのかをとにかく観察し、人を理解しようとすることです。
人は生活のどのような局面で、何を必要とするのか、何を欲するのか、
どのようにコミュニケーションをするのか。を丁寧に観察することからスタートします。


これからの私たちの仕事はより一層、ただ単にプロダクトを作るだけではなく、
問題設定をしたり、問題自体を浮き彫りにしたり、社会にテーマを提起したり、
ビジネスモデルと社会の関係性を構築したり、
そういった対話的なものになっていくだろうと思います。
・・世の中に期待されているものが、広告より商品、商品スペックそのものよりも、
体験価値、その根底の社会的変化へとつながるものになっていることに対応するためです。


私たちは拡大しようと思って拡大することはこれまでもないし、これからもありません。
クライアントとの関係に「真実」と「誠実さ」が見つからない場合はその仕事を行いません。
私たちはお金を稼ぐために、拡大することは決してありません。

(*注:原文の訳がフランク過ぎると感じたので大きく文体を変えました)

彼らは企業活動とともに、これまでのビジネススクール(B-SCHOOL)が持つ
四半期毎の利益、企業経営、マーケティングにおける最適解を出すという問題設定よりも、
デザイン(D)がもつ人々の心理、生活、人生、文化、エコシステムを貫通できる問題設計の方が、
より本質的で創造的ソリューションを社会に提供できるのではないかという考えのもと、
スタンフォード大学内に「D-SCHOOL」という学びの場を作っている。


このIDEO (http://www.ideo.com/)と
D-SCHOOL (d.school: Institute of Design at Stanford
については、
まだ掘り下げ途中であるが、ウェブサイトを眺めていると、
「面白いことをしているなぁ」とイマジネーションを刺激される部分もあるが、
このように世界を面白がって生きていける人と、
面白くない労働・学びをしても生きることに困難さを覚える人の格差は、
簡単には埋まらないだろうなぁとも感じた。

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