伊勢と信じること

本日で第62回式年遷宮が終了したというニュースを見て、
本棚にあった式年遷宮に関する本を読み返す。


・「復元思想の社会史」鈴木博之編 6:式年造替-その開始・持続・終焉(清水重敦著)
・「建築における「日本的なもの」磯崎新著 第四章 イセ-始源もどき


宗教への日本人の思いを代表する歌として、
源平時代の歌人 西行(1118年〜1190年)が伊勢参拝で詠んだとされる
「何事の おわしますかは知らねども かたじけなくて 涙こぼるる」
が、よく引用されるが、
まさにこれが、伊勢神宮のコンセプトであり、
様々なことが隠されることで、その有難さが生まれている。


磯崎新氏の本、長くなるが、部分を抜粋する。

実はなかったはずの起源が《隠されている》からこそ誘惑が発生するのだ。
建造物、祭祀、歴史的成立の事実、そのすべてが《隠されている》ことこそが
イセという問題構制の基本となるというべきなのである。
イセはひとつの時点で捏造された。だから起源などない。
だが、それがあったかの如くに騙(かた)ることで誘惑が持続する。(269ページ)


(天武帝14年(685年)に制定され、
第一回の遷宮は持統帝4年(690年)に行われる。)
この時代は、仏教が渡来して一世紀半が経過し、多くの寺院が建設され、
建築技術や様式は単純な朝鮮半島を経由したものの模倣から既に離脱できる状態にあった。
にもかかわらず、イセにおいて、いかにも土着で原始的とみえるデザインが採用されている。(271ページ)


20年ごとの造替において形態上のアイデンティティが充分に保持されたというのは実は正確ではない。
アイデンティティカルなレプリカを作成しつづけながら、その間に混在している不明瞭な要素が排除され、
純粋形態へと再デザインが常になされようとしている・・・
純粋形とは必ずしも古形そのものではない。にもかかわらず、常に古形にもどすと主張されることによって、
あらたにデザインされなおしている。(276ページ)


神宮正殿の建築デザインがいかにも日本風でありながら、多くの渡来した文化の影が落とされているのも
理解できる、それはかつて存在していた祖型が自然に生成してこのようなデザインへと収歛(しゅうれん)
したのではない。むしろ意図的に、新しい日本的とみえるようなデザインが虚構としてあらためて捏造されたのだ。
(302ページ)


ここ(第一回遷宮時)でのデザイナーの役割は、先に列挙したような特性を、
仏教的でない、固有の要素と認定して抽出したことにある。・・


それが土着なものであるが故に移入されたものに比較して、劣っているとおそらくみられていた
はずであろうが、敢えて、これを対抗的に採用する。・・


決して自然生成にまかしてうまれたといった進化論的な視点で説明できるものではない。
背後に日本独自のものを組み立てねばならぬという政治的要請があったためである。
(304ページ)


造替によってかなり大きい改変がなされても、純粋形へと収斂する方向にのみ軌道が修正される。
始源が回復されねばならない、という基本的な司令暗号がひそんでいる。
始源はいかなる場合も虚構である。それには常に始源の前に起源があるかの如き騙りがひそんでいる。
(306ページ)


(↑石元泰博撮影 「伊勢神宮」内宮 古殿池)

そのように創作者により、物語と同時に捏造されたものであっても、
「何事のおわしますかは知らねども、かたじけなくて涙こぼるる」
という感覚を千年前の人にも現代の人にも抱かせることができるのはすごい。


日本的なものの始源とされる伊勢神宮でさえこのように創作物であるのだから、
私たちにも始源を作りることは可能だろうと思う。
それを「捏造だ」とバッサリ切り捨てずに、ある程度信じることができることも
科学的態度ではないが、人生を豊かにするだろうと改めて思った。



「信じるところに現実はあるのであつて、現実は決して人を信じさせる事ができない」
という太宰治の言葉(小説「津軽」に出てくる言葉)が好きだけれど、それと似た感覚。
信じさせるものを一つでもよいから作ってみたい。

建築における「日本的なもの」

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復元思想の社会史 (建築ライブラリー)

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