空気感を考える

先週の「空気感」の続きを考える。


2006年公開の映画「好きだ、」を今週、借りてきて見る。

好きだ、 [Blu-ray]

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17歳の男女を宮崎あおい瑛太が演じ、その17年後の男女を西島秀俊永作博美が演じている。
2009年にも一度、借りてきたのだけれど、
その時はとても忙しかったこともあり30分ほどで見るのをやめてしまった。


改めて臨んだ今回も、結局、最後まで集中して見ることができなかった。


石川寛監督の一つ前の作品「tokyo.sora」と同様、
彼の映画はおそらく空気感が魅力であり、ストーリーは重要ではない。
それは、まだ見ていないが今年春の作品「ペタル ダンス」にも続いていると思う。
映画ペタルダンスとCMディレクターが監督の映画を絶賛大紹介!
そして、その空気感が好き。


夏目漱石の「草枕」の中にも、そんなやりとりがあったことを思い出した。


「(小説の)筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか?」
と問う女性に対して、主人公は「わかってないな・・」というような態度で屁理屈を述べる。
(その屁理屈は省略)


おそらく、漱石自身も自分の作品が漂う空気感にとても意識的であったのだと思う。


映画もそうだけれども、多くの人々の共同作業で、
「空気感」のようなあいまいなものを伝えて表現するというのはとても難しく、
つい伝えやすいストーリーの方に意識・重点が行きがちだけれども、
私個人としては、「空気感」を表現してこそ、それを作る意味があると思いたい。
(今現在の現実の行動は、その理想からかなり離れている。)


5年前に記した記事で引用したテキストの中で、
ズントーと建築図面 - 心象図録
ピーター・ズントーは、その理想のさらに先を行き、
そういう空気感(彼の言葉では「アウラ」)の再現が図面で完結してしまわないよう。
(図面が本物で、実際の建物はそのコピーと、虚実が逆になってしまわないよう)
「設計図は「将来の現実」を示している」というスタンスを崩してはならない。

というようなことを述べている。


今、通っているマネジメントスクールの授業でも頻繁に言われるところだけれども、
「これで、相手に何を伝えたいのか?、相手をどう動かしたいのか」
そして「相手は何を知りたいと思っているのか?」を、
より高いクリエイションの次元で考えなければ・・よい物は生まれないと、
改めて自覚する。



*補足*2013/09/09
最後の方の文章は、設計者と施工者のコミュニケーションを念頭に書きました。
(これとは「設計図」、相手とは「大工さん」などの作り手)
できあがった作品を鑑賞者、あるいは住人に伝えるにはという部分は、
あまりイメージできておらず、その部分はむしろ、
設計者、製作者が深く意識するべきことではないのではないかとも考えています)

草枕 (岩波文庫)

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