「弱さ」について

学生時代はよく読んでいた「松岡正剛の千夜千冊」久しぶりに読む。
2013年6月18日更新の第1510夜
石川公彌子著「〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学
1510夜『〈弱さ〉と〈抵抗〉の近代国学』石川公彌子|松岡正剛の千夜千冊


柳田國男折口信夫保田與重郎3人の戦時下での思想を通して、
「泣くこと」「たおやめぶり」「めめしさ」「もののあはれ」といった
弱さの価値を検証している本。


この書評を読んでいると、
同じく学生時代によく読んでいた「ほぼ日刊イトイ新聞」の中に、
よわいもの憲章というようなものがあったことを思い出し、
いろいろ検索してようやくたどり着いた。


祖父江慎さんとMAYA MAXXさんによるコンテンツ
「世界よわいの会議。」
〜よわいの よわいの よわくていいの〜
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この中の「世界よわいの会議」憲章 というものがあり、読んですぐもっともだと思った。
そして、卒業設計の題材に「弱い」を取り入れたいと考え、「弱さ」をあれこれ調べた。
(ここが出発点だったのか、「弱さ」を調べる過程でここにたどり着いたのかはもう記憶にない。)


「世界よわいの会議」憲章とは下記のようなもの

この会は世界で唯一「よわさ」について考える団体である。

1:我々は自分の「よわさ」も、人の「よわさ」も決して否定しない。


2:ただし、「よわさ」には「良いよわさ」と「悪いよわさ」があるらしいことも忘れない。


3:人類が今まで「よわさ」を肯定的に語り合ってこなかったことが、
現代社会の不幸を招いてしまったのかもと考える。


4:「よわさ」は人間の豊かな感情を発展させるものでもある。


平成十四年四月一日

半分、ネタなので強いメッセージ性を含むものではないが、
当時の私は、これに惹かれた。


また、2000年に開催された青森県立美術館のコンペで、
まだほとんど無名だった建築家藤本壮介氏が「弱い建築」というものを提案し、
最終審査まで残り、建築という行為で「弱い」は成立しうるのか?なども、
盛んに議論されており、「弱い」は小さなブームだったのかもしれない。



10年以上経ってみて、
弱さについて関心を持っていたこと自体も忘れてしまっていたが、
自分自身の内側に対しても、外の社会に対しても「弱さ」というキーワードは
自分にとって今でもとても大事なテーマであり、あらためて意識せねばと思った。


それは、弱さの擁護であったり、強さへの抵抗であったり、
弱いデザインへの共感であったり、・・。



2009年エルサレム賞村上春樹さんが行ったスピーチもこれに似ている。

"If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it,
no matter how right the wall or how wrong the egg,
I will stand on the side of the egg・・・・”

もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、
私は常に卵の側に立ちます。

そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は
卵の側に立ちます。
正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。
あるいは時間や歴史が決定することです。
もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、
いったいその作家にどれほどの値打ちがあるのでしょう?
(村上春樹 雑文集 78ページ)

村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集