犬の建築・鬼の建築

先々週に引き続き、JA2013年 07月号「堀部安嗣」を眺めている。


71頁に掲載されているエッセーの中で、中国の「韓非子」が引用されている。
皇帝が宮廷画家に「描きやすいものは何か、また描きにくいものは」と質問をしたところ、
画家は「犬は描きにくく、鬼は描きやすい」と答えた。
犬は平凡で人をアッと驚かすことができない。また実存する身近な存在のものは、
その骨格や動きや性格を正確に描かなければ人に変だと言われてしまう。
人に納得してもらう絵を描くには、鋭い観察眼と高い技術力が必要だから、
犬を描くことを諦め、時間と労力をかけずに手っ取り早く描け、人を驚かせることのできる鬼を描く。



堀部氏はこの犬と鬼の例えで、マネーゲームが生んだ醜悪な建築のことを鬼と批判し、
幼少期に見た景色、鬼に食べ尽くされてしまった犬としての町並みと同じ
犬の建築を作りたいと述べている。



先日、訪れた谷口吉生氏が設計した東京国立博物館法隆寺宝物館。
訪れた中で一番クオリティが高かったので、あらためて復習のため、
図書館でこの作品が掲載されている新建築のバックナンバー2001年5月号をコピーして持ち帰る。


堀部氏と谷口氏の作風は異なるがスタンスはよく似ている。


インタビューのなかで、谷口氏は設計の進め方について下記のように述べている。

・・・・まず、与えられた設計と同じビルディングタイプを徹底的に研究することから始めます。
歴史的な建築を見学したり、最近の本や雑誌をみたりして、
ほかの建築家がどのような設計をしているのかなども研究します。
機能的なことや技術的なことを学ぶためと、新しくものをつくることを職業とする人間ですから、
すでに他人が一度でも設計したものや、皆がやっていることと同じ傾向の設計は
なるべくしないように自らにプレッシャーをかけ、創造性を高めるためでもあります。
次は敷地です。敷地に赴いて何回も見ます。
周辺の町並みや自然を見て、時には季節や時間の移り変わりを感じながら、
そこにはどのような建築が建つとよいかを考えます。
最近は、この場所にないほうがよいと思う建築が多いですから、
そのようにならないように気をつけます。
また、これは修行時代に身につけた方法ですが、設計当初はなるべく案を固定しない
ということです。不可能であると思われる案も一応スタディしてみます。
イデアを収斂させるのではなく拡散する方向ですので、時間の無駄がありますが、それを大切にしています。
設計では模型もよくつくります。形態のスタディだけではなく、さまざまなスケールの模型をつくって確認をします。
そのときに注意することは、模型を模型として見ないということです。
スケール感が重要ですから、必ず人のモデルも置いて、それを自分にたとえてスケール感を確認します。
自分が模型の中に入っているような視点から見えるようにトレーニングもしています。
これはディテールを考えるときも同じです。
さまざまな角度からディテールを考えます。施工が始まって現場で原寸の確認を執拗に行います。

<社会との接点に関して>
可能な限り、私は実現した建築を通してのみ、社会との接点を持つように心がけています。
建築はいいわけを受けつけませんし、設計のすべてがそこに表れてしまいます。
私にとって建てられた建築そのものがすべてです。・・・・

81頁

まったく教科書のような回答。
しかし、実際はそのような時間
(研究をし、模型を何度も作り、何度も現地を訪れという時間、そして思考する時間)
を与えられることは、極めて稀であると思う。
しかし、彼のクオリティを実現するためには、このプロセスと時間は必要条件なのだろう。


客有為斉王画者(客、斉王のためにえがくものあり)
斉王問曰(斉王問いて曰く)
画孰最難者(「画くこと、いずれか最も難(かた)きぞ」)
曰、犬馬難(曰く、「犬馬、難し」)
孰易者(「いずれか易(やす)きものぞ」)
曰、鬼魅最易(曰く、「鬼魅(きみ)、最も易し」)
夫犬馬人所知也(夫(そ)れ犬馬は人の知るところなり)
旦暮□於前( 旦暮(たんぼ)に前にみえ)
不可類之。(これに類すべからず)
故難(故に難し)
鬼神無形者、不□於前。(鬼神は形なきものにして、前にみえず、)
故易之也(故にこれを易しとするなり)
韓非子「外儲説」

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)

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