無表情の美学

日本文化に以前から強い関心を持っていたが、
江戸以降の近世の文化は、絵画・彫刻・建築・陶磁器・音楽どれも、、
それ以前の時代のものに比べて魅力を感じることは少なかった。
「好き」という要素に「昔のもの、自分と遠いもの」かつ「少し宗教的なもの」という感覚があるようで、
江戸時代はやろうとしていることが理解しやすいのが逆に魅力を欠く。と考えていた。



久しぶりに遠出できる時間的余裕ができたので、
東京を訪れ、主に博物館、美術館を巡る。
1:東京国立博物館常設展
2:ファインバーグ・コレクション展−江戸絵画の奇跡−(江戸東京博物館
3:やきものが好き、浮世絵も好き 山口県立萩美術館・浦上記念館名品展(根津美術館
4:浮世絵 Floating World(三菱一号館美術館
と図らずも近世絵画(主に浮世絵)を集中的に見る機会を得て、
浮世絵というものの面白さを再発見した。
特に喜多川歌麿の絵に魅了された。
圧倒的にうまい。


版画という印刷物なのだから、「本で見るのも同じではないか」と、
これまで考えていたが、実物の大きさというのはとても重要で、
実物の大きさでなければ伝わらない魅力がある。
そしておそらく他の絵画よりカンバスの大きさに対して絵師たちが意識的だったのだと思う。


改めて本日、近くの図書館で喜多川歌麿の関連書籍を借りきて読む。

人物の顔貌表現によけいなニュアンスを与えないほうが、
むしろ見る側の想像力を豊かに膨らませることができると考えられてきたのである。
歌麿が創始した大首絵においてもやはり、そこに表された美人たち自身は
大仰な表情を見せているわけではなく、伝統的な「無表情の美学」は守られている。
しかしながら、半身像を近接して大きく取り上げた大首絵では、
年齢や身の上によってそれぞれ異なる髪型や着衣の様子、化粧法や手ぶり、
身ぶりなどをこまやかに表現できるようになった。
これらを取り合わせることで、その時々のその人の、
性格や心理状態を微妙に表すことができるようになったのである。
(「歌麿の美人」28頁)

浮世絵ギャラリー〈5〉歌麿の美人 (浮世絵ギャラリー (5))

浮世絵ギャラリー〈5〉歌麿の美人 (浮世絵ギャラリー (5))


宮台真司さんが、先日、日本文化のキーポイントは、
1:「文脈の自由化」2:「不自由の自由」にあると言われていた。
(LINEのスタンプ ブラウン&コーニーについての話の中で述べられる)


1:「文脈の自由化」とは、所属階級や人種に関係なく楽しめるコンテンツであるということ、
2:「不自由の自由」とは、選択肢をあえて少なくすることで、かえってその中での可能性が高まる。
かわいいキャラやぎこちないものにかえって魅力を感じる豊かさ。


歌麿においても、最近かわいいと噂の町娘を、いつもと同じ無表情の顔で描く。
けれども、そのしぐさ、かんざし、着物のデザインがとても彼女的・・という部分で勝負する。
朽ちない美しさを持っている。


歌麿の作品はボストン美術館スポルディング・コレクションの
デジタルアーカイブなどで多くを高解像度で眺められる。
Search | Museum of Fine Arts, Boston