尖った建築とやわらかな建築の需要

先週日曜、随分前に録画したのにたぶん見ていなかった「新日曜美術館」の丹下健三特集を見る。
(2006年の6月放送。見たけどすっかり忘れてしまっているだけかもしれない)
そして、改めて丹下健三に興味を持ち、検索してみると、
今年がちょうど生誕100年にあたるということで、
雑誌でも特集が組まれ、ちょうど今週発売される。とわかり、
書店に立ち寄ったけれども、大きな書店にも並んでおらず、疑問に思っていたが、
改めて見直すと2010年4月22日の発売であった。


番組の中では、この放送後に亡くなられた、
黒川紀章さんが海上都市計画「東京計画1960」について述べられ、
菊竹清訓さんが広島平和記念公園について述べられていたりした。


都市計画も見据えた建物、軸線の考え方、
マルクスやハイデッカーからの影響、
神社など日本の伝統的な建物の咀嚼
そして何より「丹下健三」という建築家像は、
今見ても、かっこよく、仕事への尊厳や、やる気をもらえる。


時代背景が彼をそうさせた部分が大きいと思うが、
そういった人(作品自体だけでなく、その存在自体もかっこよい建築家)が、
今いれば、そこに向かって自分も今よりも少し加速できるのかもしれないと思う。
(責任転嫁な考えであるけれども・・)


一方、丹下的なものとは異なるアプローチとして、
TOTO通信の2013年春号の特集「やわらかなデザイン(Nostalgic Design?)」
TOTO通信)は、的確に「今」という時代を捉えられていると感じた。

バウハウス以来のモダンデザイン、それはミニマルにまで行き当たり、
やがて袋小路に入り込むのではないかという恐れ、なきにしもあらずだった。
それがいつの頃からか、不思議なデザインが住宅建築の世界にも見え隠れするようになった。
共通の美意識があるのか、通底する思考が流れているのか、まだはっきりしたことはいえないかもしれない。
しかし、アプローチこそさまざまだけれど、どこか「なつかしい」という言葉でくくれそうな気配が見えてきている。
やわらかな思考の流れとして迫ってみた。(編集者)

この特集の巻頭にきている建築家:寶神尚史氏(日吉坂事務所)
日吉坂事務所-news
(おそらく編集者は彼の「house I」という住宅から、この特集の手がかりを得たのだろうと思う。)
は、インタビューのなかで下記のように述べている

多くの人が好意的になつかしさを感じる「共感力」の強い形態や空間があると思っています。
その力を無視せずに、丁寧にコントロールしながら使っていければという思いがあります。
光や視線を調整したりする一方で、アーチや家型を採用したりしながら、
ひとつの物語を読むような読後感でまとめあげていく。
そのような、人が空間を読み込む基本的な要素と、多くの人が共感するイメージを同時に扱いながら
汲み上げる設計手法に関心を持っています。それは、感性でとらえる部分もたぶんに含みながら、
理屈でカチッと来る部分ももたせた空間づくりをすることであり、感性的でありながらも
共感力を失わない設計になるのではと思っています。


中略

「やわらかなデザイン」にするためには、「引き算」をしない設計が重要だと思っています。
施主の要望を受け入れなかったり、構造を無理に省いたり・・きれいな建築空間をつくるために、
設計上で出てくるさまざまな事柄を受け入れずに捨て去る、つまり「引き算」をしてしまうと、
どんどん「とんがったデザイン」になっていく気がするのです。
要望や構造などで想定していなかった事柄が出てきたとしても、僕はそれを受け入れて、
むしろ建築にとって効果的なあり方に転換させることを考えたいと思っています。
僕にとってそれが設計の楽しみでもあるし、
もしかしたらそれが「やわらかなデザイン」を生んでいる秘訣なのかもしれません。

そのアプローチ、そして生まれた建物にとても共感する。
今は店舗設計、住宅という範囲であるが、
それがより大きな建物に拡張していくのだろうか・・。



4月27日(土)24時 日本のジレンマ
“絶望の国”の幸福論2013 を見る。(http://www.nhk.or.jp/jirenma/20130428.html
司会は青井実アナ、古市憲寿 ゲストは安藤美冬、小室淑恵、水無田気流
「20〜30代の若者は他の年代に比べて
「この国には希望はないけれども今の自分は幸福だ」と感じている人が多い」
というアンケート結果を受けて議論が展開される。
ゲストの女性3人はバラバラのようでいて、考え方が似ており、
“昔ながらの日本の働き方では、世界で通用しない時代がもうすでに来ている。
個々の労働生産性を高め(長時間労働からのシフト)、個人がより独立して生きてくべきだ。”
というような考えを持っていると思われる。
都会でのハードな暮らしからドロップアウトし、田舎でのスローな手応えある暮らし、
あるいは都会のシェアハウスでの仲間を大事にするシンプルな暮らしという若者のライフスタイルに対して、
水無田氏は「それでは地球としての持続可能性に貢献しているかもしれないが、
国家としての持続可能性があるかというとないと思う」と懐疑的であった。
(そのような働き方をした人の子供が、また同じような生活をできるかというとできない。
ある程度、他の人々のハードな働きにより豊かな国家になっているからこそ成立している))


また、建築の話に戻って、寶神氏のような作家性の弱い建築が時代の流れだろうけれども、
おそらく、今後も丹下健三的な建築家の需要は、あるのだろうと思う。
棲み分けであって、私は私のフィールドを早く見つけねば。