時代に超然としている建築の需要

建築雑誌をチェックするため府立図書館に行き、
新建築3月号、GAJAPAN121、a+u3月号(イスタンブールの建築家)に目を通す。


新建築:前半部は震災復興の建築がいくつか取り上げられている。
第13回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展で金獅子賞を受賞した
「みんなの家」プロジェクト 陸前高田東松島・宮戸島での3つの建築
槇総合計画事務所の設計によるHAUS DER HOFFNUNG 希望の家(名取市)など


杉本博司「空間感」(2011.8.11発売)を借りて帰る。
Casa BRUTUSでの連載をまとめたもの。
自身の作品が展示された美術館について、その設計者について言及されている。


杉本博司氏については、2006年1月六本木ヒルズ(東京)と、
第20冊目 時間の終わり End of Time 杉本博司(森美術館) - 心象図録
2009年4月国立国際美術館(大阪)で開催された展覧会にも出掛け、
遺物への違和感 - 心象図録
それ以外にも何度かこのブログでも言及しているアーティストであるが、
彼の作品自体はそんなに好きではない。


しかし、彼が美しいと感じるものに対しては、ほぼ共感する。


この本ではダニエル・リベスキンドレンゾ・ピアノ、ミース、ジャン・ヌーベル、
ピーター・ズントー、SANAA安藤忠雄谷口吉生吉田五十八などの建築家について触れられている。
杉本氏が彼らの建築を評価しているところに私も共感する。

新しく建てられる公共建築、特に美術館建築には、その次代の時代精神が反映される。
時代に迎合する建築、時代に媚びを売る建築、時代に喧嘩を売る建築、色々な建築が花咲くが、
私が好むのは、時代に超然としている建築だ。現代美術の作品にも同じ事が言えるのだが、
今という時代を生きながら、百年先の視点にたって、我が身を振り返る視点を持つことは、
極めて難しい。振り返ることしかできない歴史を、逆の方向に見る力こそが、建築家に求められている。

と、あとがきには超然とした文章が記されている。


おそらくは、「みんなの家」などで、伊東豊雄氏らがされようとしていること、
今後の建築家のあるべき姿としてイメージされていることは、
杉本博司氏の言うところの時代に超然としている建築・建築家ではないだろう。
もっと本当の意味での民主的な建築であるべきだといつも主張されている。


最近はアートよりも社会学的なものに関心を持っていたことや、
また、アート自体も人々に対してどうリアクションされているかということが意識される、
(つまりは時代の顔色をみる)作品・プロジェクトが増えたので、
杉本氏が評価しているような超越的なスタンスは悪いことなのかと思ってしまいがちであったが、
そんあこともないということが、あらためて確認できた。

空間感/杉本博司 スター建築家の採点表 (CASA BOOKS)

空間感/杉本博司 スター建築家の採点表 (CASA BOOKS)


話題は少しそれるが、録画していたBS歴史館「徹底検証 二・二六事件〜日本をどう変えたのか?〜」
を見ていた際、出てきた歴史学者の背景に写っている本棚と机の佇まいに惹かれる。(薄暗さにも惹かれる)

本に対して愛着があるので、本棚に対しても愛着がある。
同じように愛着があるものは人それぞれであり、一概に良い建築などはありえないということを改めて思う。