述ベテ作ラズ

まだ、忙しさの最中(さなか)にあるが、
体力と精神力に自信がある方ではないので休みをとり、
朝は本の整理、午後は姪らと公園へ行くなどして過ごす。


昔の公園にあった回転遊具のように、
しばらく毎日、夜遅くまで労働を続けると、
意外と毎日続けれそうな気もするが、
逆にその疲れは回転が止まった時に来るようで、心に柔軟性が無くなり、
遊びに体がついて行かず、あくびばかり出てしまった。


あくびが出るのは、いつものように、
夜遅く眠っても日曜の朝は必ず早く目が覚めてしまうからで、
今日も寝付けないので朝6時にテレビをつけ、NHK短歌を見る。


NHK短歌の中に「ネクストジェネレーション」というコーナーがあり、
若い歌人(多くの場合私よりも若い)がVTRで紹介される。
背景の映像がいつも魅力的。短歌を作る人という存在もとても瑞々しく感じる。


しばらく、寺社に行っていない。
古い建物の古い部屋の匂いを嗅ぎたいという衝動にかられる。


部屋の本を整理していると、
記憶や歴史、そして物語そのものというよりも物語が作られるしくみなどに興味を持っていたことを思い出す。
それは、過去の何かと今が地続きであることに対しての愛着や固執のようなもので、
それには良い面と悪い面があるのはわかっているけれども断ち切ってしまいたくない・・
というよりむしろ、過去にあるもの意外を生み出したくないというような気持ち。


論語の中の好きな言葉に、
「述べて作らず、信じて古を好む。ひそかに我が老彭に比す」
というのがある、これは孔子自身が自分の学問を述べたもので、
述べてとは、学んでというような意味。
つまり、
「自分は過去から学んでいるだけで、何一つ創造していない。
ただただ古代からの文化に夢中になっているのだ、
少しは彭祖に近づけたんじゃないかと思ってる。」
というような意味になる。


イノベーション云々よりも、
そのようなスタンスのほうが自分の性(しょう)にずっと合っている。
といって、単なる劣化コピーをしたいのでもない。
イデアや、観念論の考えに近いのかもしれない。


論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)