成熟の2つの軸について

今週、食事中に唇を噛んだことに起因する口内炎がここ数日痛く、
噛むのも荒くなりお腹の調子も悪くなる。


口内炎に直接貼って治療する口内炎パッチというものを、
雨の中近くのドラッグストアまで買いに行き、
貼ってみたが、できている箇所が悪いようで、
肝心の食事の時にはめくれてしまう。

【第3類医薬品】口内炎パッチ大正A 10パッチ

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今週電車内で読んでいた本
斎藤環氏の「ひきこもりはなぜ治るのか?」の中で、
「成熟」に関しての定義が解説されていて興味深く読んだ。


「成熟」の指標として、精神医学的には「自分で責任が取れるか」という抽象的なものではなく、
「コミュニケーション能力の高さ」と「欲求不満耐性の高さ」という2つの軸を想定するのだという。

コミュニケーション能力というのは、単なる情報伝達能力だけではありません。
情報よりも感情のほうが重要になってきます。相手の感情を適切に理解し、
相手に自分の感情を十分に伝達する能力のことです。
情報伝達だけだったら、子どもでもできます。
賢い子どもだったら、巧みに情報を伝達することだけなら大人よりも上手な子もいるでしょう。
ただ、感情を読んだり、自分の感情を適切に表現するためには、ある種の成熟度がどうしても必要になります。
非常に非社交的だったり、内向的な人にとっては、なかなか難しい場合があります。
むしろ、そういった人にとっては、感情というのは決して表に出してはいけないものだったりするし、
自分の感情を出すまいとしている人はしばしば相手の感情が読めなくなります。
この辺りは相互的なものです。
だから感情を押し殺そうとする傾向というのは、感情に対する鈍感さにつながるわけです。

・・・
欲求不満耐性。これは何かというと、欲求の実現が待てるかどうかということです。
・・・
欲求不満耐性が高く我慢強い人は、しばしば相手の感情や自分の感情に対しては鈍感だったりすることがあります。
(22ページ)


ただ、この定義の前提として、
単純に「未成熟よりも成熟しているほうがよい」と何かの価値判断に即して捉えないほうがよいとのこと。
(社会的価値判断に即して考えた時に上記の「自分のしたことに自分で責任が取れる」が生まれる)



個々の成熟に濃淡があるのは当然のこととして捉え、
どのようにしたら、皆がまんべんなく疎外されることなく暮らしていけるか
ということを考えるのはとても難しい。


私自身も、欲求不満耐性は強いと思うが、感情を表現するのが不得意。
しかし、それが起因して、相手の感情を読み取るのも鈍くなっているとは、あまり意識しなかった。


自己弁護するわけではないけれど、
例えば茶道のような、欲求の抑圧と、感情の抑圧の先に
微妙な小さな感情をやりとりするという文化もあり、
日常のコミュニケーション力の低さとは別のやりとりも何かある気もする。
あると信じたい。

ひきこもりはなぜ「治る」のか?―精神分析的アプローチ (ちくま文庫)

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