山の人

吉本隆明宮沢賢治の世界」を読む。
講演をまとめた話し言葉になっているので読みやすい。


「祭の晩」という作品について触れられている箇所があり、
とても短い作品なので原作も読んでみた。


内容はとてもシンプル、
主人公の亮二は、山の神の秋祭りに出かけ、
空気獣という珍獣の見世物小屋で、大男とぶつかる。
小屋から外へ出て、しばらくするとその大男が村の若者たちにいじめられているのを見つける。
男は額から汗を流してなんべんも頭を下げていた。

「貴様みたいな、よそから来たものに馬鹿にされてたまっか。早く銭を払え、銭を。
ないのか、この野郎。ないなら何して物食った。こら」
男はひどくあわてて、どもりながらやっと言いました。
「た、た、た、薪百把持って来てやるがら」
掛茶屋の主人は、耳が少し悪いとみえて、それをよく聞きとりかねて、かえって大声で言いました。
「何だと。たった二串だと。あたりまえさ。団子の二串やそこら、
くれてやってもいいのだが、おれはどうもきさまの物言いが気に食わないのでな。
やい。何つうつらだ。こら、貴さん」
男は汗を拭きながら、やっと又言いました。
「薪をあとで百把持って来てやっから、許してくれろ」
 すると若者が怒ってしまいました。
「うそをつけ、この野郎。どこの国に、団子二串に薪百把払うやづがあっか。全体きさんどこのやつだ」
「そ、そ、そ、そ、そいつはとても言われない。許してくれろ」

亮二は、この男を助けてやろうと思い、
こっそりと持っていた白銅を男の足もとに置き、
男はそれを支払い、慌てて山へ逃げるように去る。
その晩、亮二の家に、大男が言った「薪、百把。栗、八斗」が積まれていた。

「おじいさん、山男はあんまり正直でかあいそうだ。僕何かいいものをやりたいな」
「うん、今度夜具を一枚持って行ってやろう。
山男は夜具を綿入の代りに着るかも知れない。それから団子も持って行こう」
亮二は叫びました。
「着物と団子だけじゃつまらない。もっともっといいものをやりたいな。
山男が嬉しがって泣いてぐるぐるはねまわって、
それからからだが天に飛んでしまうくらいいいものをやりたいなあ」

宮本常一の「山に生きる人びと」や柳田國男の「山の人生」を読んでも、
山男はこの童話のように、寂しい存在で、
里に生きた人々と山に生きた人々の生活の格差を大きく感じる。
山には食料も乏しく、娯楽もない。


里人から伝え聞いた話が多いので、そうなるのかもしれないが、
お腹がすいてどうしようもなくなったから里へ下りてくる。とか、
お餅があまりにおいしいから、それもらいたさに力仕事を代わりにしてくれるとか、
不憫な話が多い。一方で、そうして困って売りに来た薪を食料と交換してやらねば、
あとで何をされるかわからない。といったような、里の人の山の人への恐れもあったよう。
色々なデマも飛び交い、上記のような山男に対する、そもそもの不快感へとつながったのだろう。


この童話は、何のファンタジーもないが、とても宮沢賢治らしい。


同時に、「マイケル・ポーターの競争戦略【エッセンシャル版】」も買ったけれども、
どうしても休みの日に読む気にはなれず、宮沢賢治の方を読んでしまう。


「競争」・「戦略」 どちらの言葉もあまり好きではなかったが、
それはそれらに対する誤解から生ずる毛嫌いであり
(多くの人は「競争」と「戦略」を誤解しているという)、
決して宮沢賢治的な調和と相反するものではない・・というようなことが、
前書きなどを見ていると書いてあるが、本当かどうか知れない。

宮沢賢治の世界 (筑摩選書)

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〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略

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