インタビューと物語(ナラティヴ)の奥行き

暗い雲の存在を意識しながら本屋に行き
村上春樹「雑文集」を買った。


その中に「『アンダーグラウンド』をめぐって」という章にまとめられた3つの文章がある。
村上春樹さんは、
地下鉄サリン事件の被害者たち60人のインタビュー集である「アンダーグラウンド」と
オウム真理教の信者、元信者のインタビュー集である「約束された場所で」の
それぞれのインタビューを比較すると(どちらも村上春樹自身が一人ひとりに行ったもの)、
圧倒的に普通の人々(被害者の人々)の話のほうが、
現実にしっかりと根ざしていて奥行きがあり僕の心にしみたと述べている。


私個人の印象では、「アンダーグラウンド」は、
(とても分厚い本なのでつまみ読みをしただけであるが)
日常の雑事にばかり関心がいっていて深く物事を考えずに生きている人という印象を持ち、
「約束された場所で」は逆に真面目に生きる意味を模索し試行錯誤しながら、
不幸にも、殺人行為に加担してしまう人達という印象を持ち、
その捉え方は逆のものであった。


もちろん「約束された場所で」というインタビューを行うだけでも、
村上春樹さんの「加害者集団とはいえ言語道断に悪者<=聞く耳を持つべきではない>という決めつけ方をするのはどうなのか?」
という社会への懐疑があるからだろうし、
結果として奥行きがない言葉しか彼らの口から出てこなかったとしても、
「ほらね・・やはり薄っぺらい人間だからこうなってしまうんだ」
と結論づけたいわけでは決してないと思う。



このインタビューの文を読んでいて、
今年5月に偶然見たNHKのドキュメンタリーを思い出した。
BS世界のドキュメンタリーで放送されていた
「子どもたちが語る“あの日”」
原題:Children of the Tsunami
制作:Renegade Pictures (イギリス 2012年)という番組


東日本大震災の後、被災地に行き子供たちやその親へ行ったインタビュー集。
映像の美しさ(特に色彩がとても鮮やかであった)とともに、
そのインタビューの流し方がとても印象的であった。


稚拙な表現や沈黙、テレビで聞いた情報など、今の日本の番組では編集されるであろう部分が
そのまま採用されていて、子供がこんな風にテレビで語るのを初めて見た。


テレビに出る人や人前でしゃべりなれている人は理路整然と使える言葉を生み出していくが、
子供に限らず大方の人の言葉はそうではなく、同じところを行ったり来たりしたり、
感想になっていなかったりするのかもしれない。


だけれども、村上春樹さんが言う奥行きのある言葉はきっと、
そういうたどたどしさとも同居しうる気がする。
逆に加害者の言葉は理路整然としていたのかもしれない。


私自身、自身の言葉にコンプレックスがあるので、
こういった言葉の見方がもっと広がれば、もっと生きやすい社会になるのではと思った。
大きく、わかりやすく、伝わりやすければそれでよいわけではない・・と。

村上春樹 雑文集

村上春樹 雑文集