建築・けいおん!と日本の水平志向

司馬遼太郎の講演CDを借りて聞く。

 

借りたCD「司馬遼太郎が語る(第1集)建築に観る日本文化」


テーマは「建築」。主催者側の要望により決められた感じで、
特別、建築に造詣が深いわけではないからか、全編ふわふわとしているが、
小説と建築における西洋と日本の文化比較の部分は印象的であった。


西洋人の書く小説は西洋建築のように堅牢な基礎工事をやる。
だから書き出しの20ページくらいは実に、退屈で眠くなってくるが、
そこを過ぎると、逆にその基礎工事があるがゆえに面白くなってくる。
書いている人も読者にその退屈さを「我慢せよ」と強要している。


一方、日本の小説は源氏物語も現代の長編小説も、
渡殿(廊下)でつないでいる。それは平面的に発展しているだけであって、
天まで行くようなつくりにはなっていないし、大きな立体感も持たない。


司馬氏によれば、このような平面的(水平志向的)な建築文化から逸脱するのは、
奈良時代の巨大建築主義、戦国時代の天守閣くらいではないかとのこと。


西洋建築の垂直志向に対して、日本建築の水平志向という比較は、
フランク・ロイド・ライトがその水平性を引用し近代建築の流れを変えたなどと、
よく述べられるところであるが、(参考1)
「垂直に立ち上げるためにはしっかりした基礎が必要だ」
という事は、意識しない部分であった。


堅牢な基礎が必要だということは、
より論理建てて構築的に設計するということであり、
そうすることの立派さは、圧倒させられるが、
そうすることで失われる自由さ、そして人体スケールからの逸脱という問題もあり、
私個人としては水平的に充実したいし、させたものを作りたい。



先々週DVDが発売された「映画けいおん!」を昨日夜、
仕事の帰りに借りてきて夜遅く見る。


TVアニメ「けいおん!」は、空気系というジャンルに属しており、
アニメ批評などを読むと、
人間関係の不和や軋轢、男性(恋愛)、親、死、成熟といったものが徹底的に排除されていて
視聴者が、純粋に「萌え」を得られるサプリメントのようなものだ。と評されているようだが、
上の垂直志向、水平志向の違いとも言えるのではないかとも思った。

垂直志向を停止しただけでは、当然魅力的にはならない。
どのように水平に伸びていけるかが問題となる。


映画けいおん!」において、軽音部の5人は卒業旅行として、
軽音楽の聖地ロンドンに行くという設定になっている。
普通はロンドンで垂直的な物語が展開されるのかと思うが、
ストーリーは、これまでの教室・部室・唯の家と変わらない水平な流れ。
そこに、極めて平凡なロンドン観光風景が挿入されている。
しかし、それはロンドンまで渡殿を伸ばせたと言えるのかもしれない。


けいおん!」は世の中そんなに上手くは行かない。と思うシーンで満ちているが。
実に、日本的で魅力的である。


映画 けいおん!  (DVD 初回限定版)

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参考:1

1905年最初に日本を訪れる前から彼は日本建築の
プロポーション・大工仕事・素材の簡素な使用法・自然との調和・外部からも内部空間が判り
人間的なスケール感が隅々まで行き渡っている総合的3次元表現に感服していた。
彼はその空間をモデュールで測り取り、そして精神的内容に身を委ねている。
(近代建築の系譜―1900年以後〈上巻〉ウィリアム・J.R. カーティス 第6章)

近代建築の系譜―1900年以後〈上巻〉 (SDライブラリー)

近代建築の系譜―1900年以後〈上巻〉 (SDライブラリー)