ストーンヘンジと堂島のビエンナーレ

朝、録画していたNHKEテレ「地球ドラマチック
発掘 ストーンヘンジ 〜紀元前3000年建設の謎に迫る〜」を視聴する。

文字も持たない新石器時代の人々の遺構であるため、
推測の域を出るものではないのだが、
ストーンヘンジが作られる以前に、氷河期の河跡の線状の妙な地形がまずあり、
(今も地中に存在している)その直線は偶然、夏至の太陽が登ってくる方向を指していた。
古代の人々はそれを偶然とは捉えず、その道の途切れるところに円形の丘を作り、
ストーンヘンジを建設したのだという。


ストーンヘンジは具体的には、地元の有力者、
埋葬の場所であったようである。


生者は、木でできた建物に住み、石は死者のための建物に使用した。
エチオピアには、まだその風習の名残りが残っているとのこと。
(本番組では言及されなかったが、
生者は四角い家に住み、死者のための建物が円形をしているということも、
世界各地で見られる共通事項である。)


シンデレラや桃太郎の物語が石器時代に創作された物語に、
起源を発していると読んだことがあるが、
古代人の思考方法が垣間見えて興味深かった。


また、石器時代という言葉が示す通り、金属を持たない
彼らが、石でコツコツと平たい石を作っていった時間、
40トン近くある巨石を運んだ時間を考えると、
現代人の価値観とどれほど隔たっているか感じられる。



午後、先週から開催されている堂島リバービエンナーレ2011に行く。
「Ecosophia-アートと建築」と題して、
アーティストと建築家のコラボレーション展示が並ぶ、
作品のいくつかが東北の震災及び原発事故を扱っている。
http://www.dojimariver.com/topics/biennale2011.html

現代アートの作品の多くはそうであるが、
考えることを強要する作品が多い。「見るものに投げかける」と言い換えることもできるが、
「どうだ。」という作品を私は好まない。
社会の断片を切り取ってアートとするのは嫌いではないが、
そのようにしたからといってアーティストではないと思う。


展示会場である堂島リバーフォーラムに初めて入ったが、洗練された建物であった。
ザ・タワー大阪と間の空間は、大きな露地といった印象で、
よい感じに閉鎖的で、安心感があり心地よい。



NHKEテレ ITホワイトボックス16回: 「拡大するソーシャルな世界!SNSが描く戦略とは?」
を視聴。

mixiの社長笠原健治氏のインタビューもあり、
mixifacebookの違いなどについて語る。

mixiはコミュニケーションサービスを最初から志向している。
(友達との心地のよいつながり)

一方のfacebookは、
・より透明性のある社会を作りたい。
・監視し合うことで、より人々の行動が是正されていくような社会を作りたい
といったものを志向しているらしい。

そういった志向は、私(笠原氏)が作りたいSNSと少し違う。


現在のような黎明期においては、
お互いを悪い意味で干渉し合い、軽々しい批判も生まれるだろうが、
いずれ「みんなちがってみんないい」という社会になる・・・と思う。