大阪をアースダイブするための準備体操

16日、仕事を早々に終えさせてもらい、雨の中、京阪電車に乗り天満橋へと向かう。
そして追手門学院 大阪城スクエアで行われたナカノシマ大学4月講座
「大阪アースダイバーへの道」を聞いた。
中沢新一さんと釈徹宗さんによる対談


中沢新一さんについては以前から言及しているとおり、
現在生きている日本人の中で、もっとも共感を感じる知性であり、
このようにありたいと感じるたたずまいと語り口を持っている。
(そのような人を惹きつけるところや、かっこよさが批判される対象でもあったりする)
またレヴィ・ストロース吉本隆明河合隼雄梅原猛網野善彦折口信夫など、
彼が興味を示す人々について私も興味を示す。


19:00から21:00までの2時間、
耳に新しいことをたくさん聞けた。


内容は大きく4つに分類できる
1、中沢さんの大阪に対する愛着
2、アースダイビングするための基礎知識
3、大阪の地形の分析
4、大阪を再生させるための糸口


上町台地がかつて半島であった時代
(縄文海進期をピークとしてかなりの期間このような形状であった)
大阪城の位置を半島の突端とし、そこにタカガミ(自分たちからは遠い権威)を置き、
半島の付け根の部分に四天王寺などの死の世界との接点を配置する。
これは計画的なものではなく、エネルギーの流れを考えれば自然なことであるよう。
「タオ 悠久中国の生と造形」(平凡社1982)という本に掲載されている
道教の身体の考え方の図版をもとに説明されたが、
その身体の図には臓器の位置に森林があったりする。
インドやチベットなどでは今でも、人間を見る際にはルックスで判断せずに
神経線をエネルギーがどれだけうまく通過するかというようなことを見たりするという。
中沢氏も感覚的に生國魂神社のあたりを歩くとその流れを感じるとのこと。


その他、
聖徳太子の二歳児の時の像が多くあるのは、太子とは関係なく子供神を祀る信仰があったからだろう、
住吉大社一寸法師などの伝承が残っているのは、そのような子供神との関連があるのではないか、
応神天皇神功皇后の神像は母子として作られることが多く、
これも子を抱く形のマリア像に見られるような母子神の類型である。
坐摩神社(イカスリと読む)の移転など私にとっては興味深い話ばかり、
このように見てみると、私たちが把握している文字で書かれている歴史の時代以前から、
大阪のコンテクストは存在していたことが容易に感じられる。


終盤、内田樹さん、平松市長も参加され、
大阪の人がもっと大阪のことを学び、魅力的な町にしていかなければ、
真の意味での大阪特区とは成り得ないというような流れに終わる。
ドラッカーなども大阪の寺院運営(または松下幸之助)などに影響を受けており、
資本主義の暴走を制御する方策が意外と大阪の過去から学べるのではないかといった内容。


私自身の今と、この講演をどのように結びつけるかは、
私自身の関心事と生活(仕事日常)をどのように結びつけるかと同じ問題で、
一朝一夕では結論をえない問題である。
しかし、おこがましいが、私のような思考をしている人がおり、
その人は私よりずっとずっと先を行っているということは大いに励みとなった。
週刊現代」という大衆紙に、この夏から掲載されるそうであるが、
ブームになれば、私にとっては追い風であるし、生きやすくもなるだろう。