努力の矛先

●朝は万博公園近くで仕事があり、
モノレールの座席から振り返り、
太陽の塔を眺める。


丹下健三のお祭り広場に岡本太郎のオブジェというのは、
異色な組み合わせのように思っていたが、
日本デザインコミュッティの関係から、実現したのだろう。
(ともに創立メンバーであるということを最近になって知った。)

そして、黒川さんや、菊竹さんらの若手を積極的に起用したのは、
世界における日本のデザインの独自性を模索する中で、
メタボリズムという思想をアピールしたかったから。
しかし、その選択はまず「日本固有のものは何かないのか」という発想から
スタートしており、「メタボリズムの思想および建築がすばらしいから」ではない。
そのあたりにデザインとしての脆弱さを感じる。
世界にアピールするには時期尚早だったように思う。


●お昼前に、梅田に戻り、
お昼休みヒルトンイーストのジュンク堂へ立ち寄る。


別冊太陽「小林秀雄
石田英一郎「桃太郎の母」を購入。

新訂版 桃太郎の母 (講談社学術文庫)

新訂版 桃太郎の母 (講談社学術文庫)

石田英一郎の年譜(1903-1963)を見ると彼もかなり
共産主義に傾倒している、時代の風潮とはいえ、
文化人類学共産主義は何らかの関連性があるのかもしれない。


●夕方、また外出。
勝間和代のオーディオを聞きつつ移動する。


「努力不足の四段活用」という言葉を初めて聞く。
このオーディオを聞くのは3度目だけれども、
聞き流していたようである。


また、苦手な分野の努力をどこまですべきかという質問に対して、
それが自身の人生目標に必要なスキルならば、努力して、
ある程度の水準までは持っていくべきで、
人生目標あるいはミッションステートメントにおいて、
大して重要でないならば、そこに努力を注ぐべきではない。



いわれてみれば当たり前のことだけれども、
なかなかそこまで思いが至らなかった。


「努力せねば」というイメージの矛先と、
実際興味を持ち、お金を使っている方向、
が違っているということにも自覚的になった。