縄文土器とスキーマ

昨日より風邪を引き、
葛根湯・眠るという療法で対処
ひきこんではいない。熱もでていない。


■「1995年以後」5人ほどランダムに読む、
松川昌平氏
000studio
ドミニク・チェン氏、
http://dividual.jp/
大西麻貴氏
大西麻貴 + 百田有希
中村拓志
Hiroshi Nakamura & NAP
長坂常氏
http://www.sschemata.com/profile/

私たちの脳には、こうした枠組みを形づくるための、
知識や概念の連鎖の組み合わせが無数にある。
それらは、ホモ・サピエンス全体に共通するものと、国・家族などといった社会や
集団ごとに共通するものと、個人ごとに異なるものに分けられる。
このような知識や概念の連鎖を、心の科学ではスキーマと呼ぶ。
この言葉はこれから人工物を研究するうえでの重要なキーワードとなるだろう。

小学館 日本の歴史 一 106ページ」

長常氏の事務所名でもある「スキーマ」についての解説も偶然目にする。
これは我々がラーメン鉢で、和そばを食べることに抵抗感じるようなこと。
単に事足りればよいというのではなく様々な連想をともなって「これにはこれがしっくりくる」
と感じている。一方縄文土器は我々の知識や概念の連鎖からはずれるものであるが、
逆に言えば縄文土器はそういった人間特有のスキーマを持った人工物であったといえる。


このことは建築においても深く考えられる問題である。
(だからそう命名したのだろう)


個人的には、中村氏のインタビューがよいと感じた。
中村氏は時代を正確にとらえており、キャッチしたものを正確に美しく
投げ返す能力を有している。


■建築系ラジオでは、
山本理顕氏のインタビュー3を聞く。
http://tenplusone.inax.co.jp/archives/2009/03/12192759.html
我々は確認申請を代行する職ではない。
コルビジェは建築家を芸術家だと主張し、
ハンネス・マイヤーは注文主に忠実な仕立て屋であればいいと主張し
論争になったという話は明快でわかりやすい。
理顕氏も建築家が仕立て屋になってはいけないと主張


これもまた、「インターナショナル・スタイル」の中で、
ルフレッド・H・バー・Jr.が

ミース・ファンデルローエが一年以上バウハウスの校長を務めているが、
これは熱狂的な機能主義者であったハンネス・マイヤーと席を交替してのことであった。
こうしたことの意味を前述のアメリカの建築家たちは理解できないのである。

と述べている。これは1932年の文章である。


昼の睡眠後16時、久しぶりに
■しあわせロハスを見る。
「『植物』が持つ力を見つめる!アロマ&漢方」

題のとおりの内容。
漢方の方により深い関心を持つ。


http://lohasproject.jp/index.htmlというようなサイトも見つける。


そうしている間に、風邪は鼻からのどの奥に
小さくなりつつ移行している。